[インタビュー] 松澤 穣 さんに聞く

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低い屋根に驚きました。信州あたりの民家のような。

むやみに低くしたつもりはないのですが、大きな平屋建てに見えるといいなと思いました。

ネーミングは「地べたの家」ですか?

一階は、すべて土間です。室内を、地面と切り分けたくなくてね。地べたと同じレベルにすることで、家にいながらにして、地面とつながった感覚を持ってほしいと。

この住宅博に見られるプランは、意外と土間が多いのですが、中でもこの家は徹底していますね。

建築物は、「大地を借りているんだ」というイメージを持っています。地面を切り取って、人工的な床にすることに、何だか抵抗があって。土間の魅力は何と言っても地面につながっているってことじゃないかな。

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大谷石を削ってつくられた水場 「土間のある家」
(季刊誌『住む』45号より)photo : shinjiro yamada

松澤さんと言えば、大谷石というイメージがあります。

大谷石は妻の故郷の石です。土間だけでなく、削って水槽にしたりしています。加工が容易で、時間が経つと削れてボコボコしてくるのですが、それがよくてね。埃が、大谷石の孔に入り込んでも、ジャリジャリしないんだ。
普通の土間は、埃が食うとすぐに砂をかじってジャリジャリしてきます。

この家は、予算の関係からコンクリート仕上げになっていますが、三和土もいいですね。
土間は、塵一つない床という使い方ではなく、玄関できっちり靴を脱ぐという清潔さと、いい加減さというか、曖昧性を共に持っているのが日本人のDNAです。
それに、土に近い感覚で、土間にいると、重心が低くなります。それは竪穴住居からの日本人のDNAなんじゃないかと。

今回、パッシブソーラーを採用されていますね。

目に見えないけど、部屋の中の空気も熱も湿度もデザインの対象だと考えています。慣れない回路図なんかも描いたりして。

回路図もご自分で描かれるのですか?

なんでも自分でやるという姿勢でいます。こだわって、自分でやるのが面白い。薪ストーブを入れたときは、ストーブ屋さんにとっても初めてのことだったので、鉄板から全部のディテールを起こしました。
形も手探りで、囲炉裏を改造したストーブにたどり着きました。煙突の雨仕舞いも面白かったなあ。大工が関わって、板金屋が関わって、煙突屋が関わる。その全部の図面を描きました。
三百年続く京都の老舗と組んで、ドーナツ型の提灯の設計なんかもやったことがあります。

原寸図ですね。

原寸は、イメージを掴みやすい。1/2スケールは、未だに怖くてね。完成した実物を見たら、あれっ?って思うことがある。

でも、考え方の基本は原寸じゃない。吉村順三さんは、「肩幅で考える」といいました。肩幅の範囲でしか人間は考えられないと。巨きなプロジェクトも肩幅に落として考える。ぼくの場合は、肩幅ではなく、肩幅に近いA3のサイズで考えることにしています。

このトレペ、見たことありませんが?

特注で印刷した用紙です。ドローイングやエスキスなどに使っています。
益子先生が使っていた、チャンピオンコピーの紙に5mm方眼を入れてもらいました。マジックやコピックは下に抜けないし、鉛筆のノリもいいんだ。
A3サイズの外には、意識が行き届かない。なんでこのサイズなのかと自分なりに掘り下げてみたら、首を動かさずに見られる最大のサイズなのではないかと気付きました。コンピュータの画面の幅もコレなんですよね。

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鉛筆のお尻に、濃さを示す印が。

鉛筆は4Bですね。

鉛筆立てに先を下に向けて入れています。ペン先の痛まない、底がラバーの鉛筆立てね。これもあまり売っていない。鉛筆を取るときに迷うのが嫌だから、自分で鉛筆のお尻に書いています。
鉛筆は、自分でナイフで削ります。ナイフで削る時間を惜しんでいるような時は、せわしなくていい設計はできません。硯で墨をするのと一緒なのかも。

私は雑な人間なので、常に自分を戒めないと。先っぽが丸くなってる鉛筆で描いている自分にふと気づくのです。それが雑になっているぞ、というシグナル。

設計に際し、心がけておられることは?

建築家だから、細部を大切にするのは当然のことですが、窮屈にならないよう心がけています。建築が自立していくと言えばいいのかな。よく小説家が、いい小説は書いているうちに主人公が一人歩きしていくと言いますよね。そのイメージです。
ソファー一つ動かしてはいけないと言う設計者もいるけれど、ガッチリ抱え込んでしまうのはよくない。竣工すると、建築も一人歩きするんでね。
子どもの親離れみたいなものです。だから、一人歩きを始めた建築のことを細かく解説してくれと言われても、ちょっとね(笑)。

この建物は誰が住むか分からないので、思いを語ってください。

住まい手がいない設計は、実は初めてなんです。
住まい手がいると、話を受け止めて、プランに反映せざるを得ません。
でも、違う緊張がありましたね。

最初に、この土地に立ったときの印象は?

南は住宅街の壁。北は三田盆地と北の山々が遠望できます。南と北の景色のコントラストがはっきりしています。

順光の景色ですね。

順光は、まんべんなく光が当たっている光線状態を言います。ハレーションがなく、おだやかな景色が広がっています。家の中で長い時間を過ごしたいのは北側の部屋になる、と思いました。この建物の並びの家は、そんなふうに考えるのではないかと思いました。
眺めの良い北リビング。南は招き入れやすいキッチンとダイニングを。

具体的な住まい手のイメージは?

思い浮かぶのは、大きな犬を飼っている住まい手ですね。犬が土間を、わしゃわしゃ歩き回っている家。庭の向こうのイーズメントを犬と一緒に散歩している人が寄ったりして、見る庭というより使う庭かな。
そのあたり、地べたのイメージで設計しました。

水まわりの動線などは・・・。

押さえるべきところは押さえないとね。最小公倍数で考えないと。最大公約数でやると窮屈になります。最大公約数に乗っかりたくない。

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松澤さん専用A3サイズの方眼紙。
使ってみたらよくて、嬉しそうな松澤さんの顔が思い浮かんだ。

階段の考えは?

このプランには吹抜けがありません。上下を繋ぐのは階段です。切妻屋根なので、一番天井が高いところに階段を設けました。
中央の位置だと、北と南の空間のけじめにもなる。一区切りおいて奥を造りました。北側リビングの開放感がより強調されます。
もっとオープンな空間、開放的にという指摘も受けましたが、狭い家なので、あえて階段で分けるようにしました。ただし上には抜けて、風は抜け、トップライトから光も入ります。階段以外は平面的な自然の動きにして、水平的な動きと垂直的な動きのバランスの良さを大切にしました。明るい階段室です。弾むように上り下りしてほしいですね。

松澤さんが、これから目指したい建築は?

農家のおばあちゃんが重い物を持ち上げる時に補助するロボットスーツがありますね。ロボット工学が田舎の農家につながるあり方というか。工学者、技術者、つくる人、使う人のバランスの良い技術というか、ピンな技術と、農家のおばあちゃんが直に結びつく時代がやってきたんだね。
建築も、そんなふうでありたい、と思っています。

郊外住宅はベッドタウンと呼ばれてきましたが、寝に帰る場所では辛いですよね。

そうです。住まうこと自体が喜びになる、そんな家をつくりたいですね。

聞き手 / 小池 一三(里山住宅博プロデューサー)

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